錦糸眼科 閉院してた!矢作徹氏のレーシックを1999年に受けました!
2015年10月31日 記
レーシックの錦糸眼科が知らない間に閉院していました。
何かと話題になった矢作徹(やはぎとおる)氏が院長を務めていたレーシック専門医です。
今でこそネットで検索すればレーシックの情報が山ほど出てきます。
私はそういった情報が一切無かった1999年6月位に、錦糸眼科でレーシックを受けた者です。
当時はレーシックの情報は、レーシック屋が出版した本を本屋さんで探して購入する位しか情報を得る事が出来ませんでした。
4冊位の本を読んで、1番信頼できそうな矢作徹氏のもとでレーシックを受ける事を決意したのです。
結果、十分満足のいく状態にまで視力が回復したのですが、21世紀に入ってネットが普及すると、何やら錦糸眼科でのトラブルの例が結構あり、ついに閉院となったのです。
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錦糸眼科と矢作徹氏を信用した理由
当時矢作徹氏が出版していた本を購入して読んだのですが、レーシック手術を受けた後は捨ててしまいました。
本の題名も忘れてしまいました。
amazonで「矢作徹」で検索した結果、ずらずらと書籍が出てきましたがおそらく1999年1月に出版された
「近視のレーザー治療―データが示すLASIK、PRKでよみがえる視力!」
だったのかもしれません。
その中で経歴を見たのですが、錦糸眼科の矢作徹氏は自衛隊出身だったのです。
生粋の医師では無かったので、少々不安がありました。
でも米粒に何十文字も文字を書いた写真が掲載されてたりして、器用なのは確かだと思い、錦糸眼科に決めました。
本には
手術の3ヶ月前以上からはコンタクトレンズを装着しないでくださいと書いてありましたので、その通りにしました。
コンタクトレンズを装着し続けていると、角膜がナチュラルな状態より平らになっているのです。
それゆえ、近視の度合いを締めす屈折度が本来の状態よりも軽減されているので、正確なデータが分からないのです。
コンタクトレンズを常用して屈折度が本来の状態よりも軽減している状態でレーシックを受けると、その後角膜の「平ら度」が弱くなった時に、また近視状態になってしまうのです。
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初回カウンセリングを受ける
錦糸眼科の門をたたき、矢作徹氏にカウンセリングを受けました。
180cm位の長身でした。
説明に関しては十分してもらえたと思います。
当時まだ若かった私にもそれなりの対応をしてくれたので、壮年や中年の方ならもっと親切にしてくれたかもしれません。
カウンセリングでは、レーシックを行なっている他の医院が発行しているビデオを見せられました。
そのビデオを見てぞっとしました。
- 角膜を焼く最中は一点を注視して眼球を動かさない様にしないといけないのに、その目安となる光源が無いため、眼球(視点)が動いている
- 角膜を焼いた後の洗浄処理をするのに、綿棒の様なものでこするだけ。
これだと不純物が眼球内に残ってしまい、視野の中にゴミが残ります。
カメラのレンズにゴミが付いている状態でのぞいている様なものです。
矢作徹氏は
当医院では、角膜を焼いた後は洗浄機で完全洗浄すると説明しました。
設置した光源を見続ける事によって、眼球を固定する事が可能
それと当時に「ハロ」等のリスクの説明もありました。
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手術当日
いざ手術台へ。
開眼器で目の周りを固定されました。
これは結構痛かったです。
最初に右目から開始しました。
そして光源を見続けました。
角膜を焼くのが開始されると、光源がぼやけてきました。
ここで何を思ったか、私は眼球を少し動かしてしまったのです。
慌てて担当者が
動かさないでと叫びました。
続いて左目。
こちらは眼球を動かさないで完了。
開眼器で固定されていても、眼球自体を動かす事は十分可能なのです。
これについては事前に説明が欲しかった。
これが唯一の不満点です。
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手術後の見え方
レーシックで角膜を薄くしたわけですから、ピントはバッチリと黄斑部中心窩に定まる様になったので、視力は当然回復しました。
ただ、レーシックで焼いた角膜表面というのはボコボコになっているので、
ピントは合っているのだけど、若干ぼやけた感じになるのは確かです。
視力検査では1.2位まで判別できるのにも関わらず、0.5位の輪っかを見た時でもぼやけて見えるという状態です。
正視の方が、微妙に曇ったレンズ越しにのぞいている状態に近いかもしれません。
特に右目の方がその傾向が顕著なのです。
これはレーシック手術中に右目を動かしたのが原因かもしれません。
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レーシック手術の感想
その後錦糸眼科のホームページも開設されました。
院長の矢作徹氏の施術を受けるには別途料金がかかる様になっていました。
それでも私が受けた頃の両目で60万円よりは十分安くなっていました。
そして確か2002年位の事だったでしょうか。
錦糸眼科でレーシックを受けた男性が、その後昼夜でメガネを変えたりしなければならなくなったといったトラブルにみまわれ、匿名モザイクでそういった症状を訴えるというドキュメンタリー番組が放送された事がありました。
そしてその後インターネットによるレーシック手術の宣伝が普及し、同時にトラブルの例も報告される様になりました。
私の様におおむね成功した者は、声を大にしてそういう発言をする事はありません。
非常に気の毒なのですが、失敗(?)した方は、当然声を大にしてそういった発言をなさるでしょう。
私の場合はメガネ・コンタクトから開放されたこの16年はプライスレスです。
というか、コンタクトレンズを購入し続ける事よりも、金額的には安くなっているでしょう。
ボコボコになった角膜表面ですが、今後技術が発達すれば、それを修正できる様になるかもしれません。
私の場合はマイナス4D程度の中度程度の近視でしたから、角膜にもまだ厚みが残っているので、そういった再手術もできるかもしれませんし。
手術中に右目を動かしたのが、唯一の心残りです。
見え方に関してはほんんのわずかでは不満はありますが、それはレーシック手術前から分かっていた事ですので後悔はありません。
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