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相撲のエマニュエルヤーブローがUFC3に出場してから21年が経った

相撲のエマニュエルヤーブローが日本人の目に映ったのは、遥か昔21年前。
1994年9月9日に行われたUFC3での事です。

UFCとは、前年1993年11月12日に記念すべき第1回大会が開催された総合格闘技大会です。
そして今なおそのUFCは続いているのが驚きです。

エマニュエルヤーブローの参戦が決まった時
「こんな巨大な体をした相撲取りなら、最強かもしれない」
という、期待があったものです。

当時はまだ相撲が最強かもしれないという幻想もあった時代でした。






シャムロックとの対戦に期待が集まる


そしてUFC3には日本のパンクラスからはケン・ウェイン・シャムロックが参戦しました。
シャムロックは第1回大会で、あのホイスグレイシーにチョークスリーパーで負けています。
その雪辱を果たすのが命題のシャムロックには、当時悲壮感すら漂っていました。

シャムロックが1回戦を勝ち上がるのは順当という予想でした。
そしてヤーブローもおそらく勝ち上がるであろうと期待されていました。
その両者が準決勝で対戦するかもしれないという期待がありました。

シャムロックは当時300kgあったヤーブローに対し
「スープレックスで投げ飛ばしてやる」
と豪語していたものです。

ヤーブロー1回戦で敗退


そしてヤーブローの初戦が始まりました。
相手はキースハックニーという拳法家です。

ヤーブローが巨体で圧殺するかと思われたのですが、キースハックニーの打撃が冴え、優勢に進めます。
そしてほんのわずかな隙を見て、ヤーブローがまるで相撲の様に突進し、キースハックニー危うしという状況に陥ります。

しかし結局ヤーブローはパンチの連打を食らい、レフリーストップで負けとなったのです。






さすがに体に無理があったか


その後エマニュエルヤーブローは、それほど格闘技の世界にははまらず、相撲取りとして活躍しました。
そして相撲引退後は俳優の道を選んだのです。

確かにあれだけの巨体なら、役どころによっては引く手あまたでしょう。

しかし2015年12月21日にアメリカはリッチモンドで亡くなっていたのです。
あれだけの巨体ゆえに、体の負担は相当なものだったでしょう。

初期のUFCで活躍し、総合格闘技の隆盛に貢献してくれた偉大なる選手に黙祷します。






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