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菊間千乃 事故の後遺症で子供ができないと言われているが困難を乗り越え弁護士に

元フジテレビの美人アナウンサー・菊間千乃(きくまゆきの)さん。

昨今は女子アナにも「汚れ」役をやらせる事が多く、しんどい体験をしている女子アナも多いでしょうが、菊間千乃さんはそんなものとは比べ物にならない辛い体験をなさっているのです。

それはテレビ番組のコーナーでビルの5階から転落し、おそらくその事故の後遺症で子供ができない体になったと言われています。

事故の詳細を知れば、それも至極当然かと思える位の酷い事故でした。






事故内容


1998年9月2日に放送された「めざましメニュー」の中の「それ行け!キクマ」のコーナーで、避難器具を紹介する事になりました。

ビルで火災等が発生した場合、上階に取り残されて成す術なく立ちすくむシーンをご覧になった事があるでしょう。
そういう時に高所からスルスルと地面にまで安全に降りられる避難器具を、菊間さん自身が体験しました。

該当の避難器具から出ているロープを部屋の中のしっかりとした所に結びつけておき、避難器具自体は自身の体に固定するわけです。
これでスルスルと降りられるわけなのです。

そして、その避難器具による降下テストしたのは何と地上5階の部屋から!

避難器具を体に固定した菊間千乃アナが笑顔で窓からぶら下がっている状態になります。
そして
「行きますよ。せーの…」
という声とともに、両手を離します。

すると部屋の中に固定していたはずのロープが全く利いていません。
というか外れています。

ゆっくりと降下するのを期待していた菊間アナですが、重力加速度のまま落下する状況に悲鳴をあげます。

そしてその様を見た、避難器具のロープを固定した方も
「あああああ~~~」
と声をあげます。

そして
「ドサッ」
という音と共に地面に落ちます。

しかし地面にはマットが敷いてあるから安心…と思いきや、そのマットはせいぜい40cm位の厚み。
そして何より材質がウレタンだったのです。
なので衝撃吸収効果がいまいちだったのです。

菊間アナはお尻から落下しましたが、落下直後から動かなくなりました。
腰椎骨折の重傷で、そのショックで気絶していたのです。






ずさんな現場


避難器具のロープを結び付けていたのは決してしっかりとした柱等ではなく、何とソファーだったらしいのです。
そして菊間アナの落下の勢いでロープが外れたのです。

また、ウレタンマットというのは硬めの素材ですので、衝撃吸収には決して向いていません。
菊間アナの落下の衝撃を受け止めた時は、せいぜい5~10cm位しか沈まなかったのです。
5階からの転落を受け止めるのには、不十分なクッションなのです。

そして何よりわざわざ5階で実験した事です。
ぜいぜい2~3階で行うべきだったのです。

菊間アナは腰椎の圧迫骨折で、全治3ヶ月の重症でした。
そしてリハビリに1年もかかったのです。

この事故の後遺症で子供が産めない体になったとききます。






弁護士を目指す


そんな菊間千乃さんは、2007年12月31日にフジテレビを退社し、弁護士を目指します。
いくら早稲田大学卒業の優秀な菊間さんでも、35歳から弁護士を目指すのは並大抵の事ではありません。

しかし3年も経たない2010年9月に司法試験に合格し、弁護士となりました。

危険業務を断らずに忠実に遂行したがゆえに、不幸な事故にあってしまった菊間さん。
その境遇に腐らす弁護士に合格した話をきいたときは、自分の事の様に嬉しかったものです。

菊間アナですが、ジャニーズグループのNEWSの未成年と飲酒して謹慎となった事があります。
詳しくは
菊間千乃はジャニーズ内博貴が未成年時に一緒に飲酒したが酒は日本の文化という古くからの風潮
をご覧ください。






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大橋未歩の離婚原因・理由は旦那が2軍コーチになったから?結婚後旦那の運気は急降下…

テレビ東京の人気アナウンサー大橋未歩(おおはしみほ)さん(37)が、2015年春に離婚していたのが発覚しました。
これは1月4日に判明した事です。
そして驚いたのが、同日の段階で既に再婚していたのです。

再婚相手の旦那さんは、大橋未歩さんと同じテレビ東京に勤める年下の社員の方です。
一般の方なので、詳細は全く公表されていません。

しかし問題(?)なのが、離婚してから再婚までの期間が短過ぎるぎる事です。
離婚原因は、旦那の城石憲之氏が決して出世しているとはいえない事と関係がありそうです。
再婚が早い理由は、子供の事を考えて急いだのかもしれません。






結婚後、旦那の成績が悪化


大橋未歩さんは2007年1月1日に、ヤクルトの内野手・城石憲之(しろいしのりゆき)選手と結婚します。
それ以降、旦那様のプロ野球選手としての成績が芳しくないのです。

2007年


開幕の段階で、腰痛によって2軍に降格した状態でのスタートでした。
4月には何とか1軍に復帰しますが、その直後に帯状疱疹にかかり、絶対安静を言い渡されます。
帯状疱疹とはウイルス感染症の一種です。

2008年


当時30代半ばになっていた自身より10歳位若い選手の台頭によって、出番は激減します。
そして後半戦は、また腰痛で戦線離脱。
結局41試合にしか出場できず、打率はなんと0割4分8厘という低さでした。

2009年


腰痛に悩まされながら2軍で活躍します。
しかし右肘の具合も悪くなり、10月2日に引退を発表します。

2010年


1軍の守備走塁コーチとして活動します

2014年


ヤクルトを退団します

2015


日本ハムファイターズの2軍打撃コーチに就任します


と、この様に大橋未歩と結婚後、旦那さんの成績は急降下しているのです。
対して大橋未歩さんは、相変わらずの人気を誇ったのです。






そして離婚へ


一見順風満帆に見えた大橋未歩さんも、2013年に34歳の若さで軽度ながら脳梗塞と診断されます。
年齢も年齢なので、一気に人生に対して不安とかを感じた事でしょう。

そしてその時期は旦那は現役を退いていて、おそらく収入も減少した事でしょう。

さらに前述の様に、ヤクルトを退団して2軍の打撃コーチへと降格(?)した事から、真剣に将来の事を考えたのかもしれません。
子供も産みたいし、まだ子供がいない今だからこそやり直せると。

2013年の脳梗塞時には、旦那さんが現役を引退していたからこそ、献身的な介護に時間を割いてくれた事ででしょう。

そんな旦那さんを捨てるのかと世間は思う事だと思います。
しかし大橋未歩さんにしてみれば、介護内容に不満があったのかもしれません。

まさかとは思いますが、脳梗塞の介護を新しい結婚相手の方がしてはいない事を祈ります。






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青木真也と桜井マッハ速人のツイッターでの喧嘩がヒドイ!

2015年12月29日に行われた格闘技イベント「RIZIN」で、レジェンド桜庭和志選手に完全勝利し、世代交代を印象付けた青木真也選手。
涙しながら桜庭和志を称えた試合後の姿にキュンときたものです。
ネット上では悪く言われている青木真也ですが、当然良い部分も多くあるのです。

株がグンと上がった青木真也ですが、またやらかしてくれました。
大晦日にツイッターで桜井マッハ速人選手と喧嘩を始めたのです。

そしてその内容がヒドイのです。






2人の対戦成績は桜井の2連勝


ツイッターでの喧嘩内容を紹介する前の予備知識として、桜井マッハ速人と青木真也は過去に2度戦い、2回とも桜井マッハ速人が勝利しています。

1度目はまだ青木真也が無名だった2005年9月に、5分3ラウンドで判定勝。

そして青木真也が独自の寝技技術で有名になった頃の2009年4月に、2度目の対戦をしました。
この時は開始わずか27秒でKO勝利しています。

ツイッターでの喧嘩の様子


問題の喧嘩は、大晦日に行われました。

桜井マッハ速人さんがこのようなツイートをします。

それに対し、青木真也が
と、返します。

すかさず桜井が

そして青木は

桜井は
とツイートし、これで騒動は治まりました。

これが喧嘩内容です。

騒動が治まった後、青木は
とツイートしています。
何気に大人ですね。






青木真也は嫌われる?


前述の2度目の対決の時に、解説に山本KIDがいました。
桜井マッハが青木を秒殺KOした後

「やっぱマッハさんは格好いいな」
「弱くてキモイより、強くて格好いい方がいいですよね」
と発言しました。

弱くてキモイというのは青木を、
強くて格好いいというのは桜井を示しているのだと思います。

そして今回のツイッターでの喧嘩ですが、桜井速人の方からしかけてきたと思います。
もう40歳にもなる桜井が、こんな喧嘩をしかけてきたのです。

この様に何故か青木は嫌われます。

しかし私達閲覧者にとって、それはどうでもいい事です。
多彩な寝技で面白い試合をしてくれる青木選手は、見ていて楽しいプロ格闘家なのです。






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